本田宗一郎さんも同じだったと何かで読んだことがあります。 小学生の頃、
たまに通る車の排気の臭いにガキ坊主の官能が刺激され、走って後を追いかけ
たり荷台にぶら下がったりして何とか車を身近に感じようとしたもんでした。
世の中わからないもんですね。 こんな車しか作れないんじゃ遠からずつぶれ
るぞ、と未熟な少年なりに思っていた豊田自動車がその後栄え ダントツの一
位で良く出来た車だなあと感心した冨士精密/プリンス自動車が無くなってし
まい、他の自動車製造会社もそれなりに紆余曲折があって。 日野自動車製レ
ノー4CVのタクシーが東京中を走り回っていた頃から、色々な車に接する機会
が多くて、少年期から青年期までに頭の中に焼き付けられた各車の印象や評価
は今になっても車を見る目に影響を与えていることに驚かされます。 冨士精
密/初期プリンス自動車時代のプリンス車を追うように ラビット印スクーター
から発展して出てきた富士重工の昴360にもいたくに感心して後継のR2が出
た後中古でようやく買いました。 4発ボクサーエンジン積んだFFのスバル
1000も当時のイタ車を彷彿とさせながら機能的にはずっとすすんだ車でした。
ライセンス生産組のいすゞ製ヒルマン、日産製オースチン、日野製レノー
はそれぞれ水準に達していて魅力的でした。 4CVは昴360に先だって親に買っ
てもらっていました。 ただ豊田自動車製には良い印象を持った車には出会う
事が出来ませんで、あの会社は遠からず潰れると思ってましたが現実には・
・。 世の中わからないもんです。
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